大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)281号 判決

主文

本件再上告を棄却する。

理由

弁護人松尾菊太郎、川野豊上告趣意第一点について。

しかし、被告人の公判廷における自白は、憲法第三八条刑訴応急措置法第一〇条各第三項にいわゆる「本人の自白」に含まれないことは、当裁判所の判例とするところである。(昭和二三年(れ)第一六八号同年七月二九日宣告大法廷判決参照)。そして、その判例は今なおこれを変更する必要を認めない。それ故右と同趣旨に出た原上告判決は正当であるから本論旨はその理由なきものである。

同第二点について。

所論憲法第三二条は、何人も裁判所において裁判を受ける権利あることを規定したに過ぎないもので、如何なる裁判所において、裁判を受くべきかの裁判所の組織、権限等については、すべて法律において諸般の事情を勘案して決定すべき立法政策の問題であって、憲法には第八一条を除くの外特にこれを制限する何等の規定も存しない。從って三審制を採用する裁判制度において、上告審を純然たる法律審すなわち法令違反を理由とするときに限り上告を爲すことを得るものとするか、又は法令違反の外に量刑不当乃至事実誤認の上告理由をも認めて事実審理をも行うものとするかは、立法を以て適当に決定すべき事項に属する。されば旧憲法時代の訴訟手続において刑訴第四一二条の規定により量刑不当の上告理由を許していたにかかわらず、刑訴応急措置法第一三条第二項の規定において右刑訴の規定を適用しないものと規定したからと言ってその規定を目して右憲法規定の違反なりとする所論は当を得ない。(昭和二二年(れ)第五六号同二三年二月六日宣告大法廷判決参照。また憲法第三六条にいわゆる「残虐な刑罰」とは刑罰そのものが人道上残酷と認められる刑罰を意味し、法定刑の種類の選択又は範囲の量定の不当を指すものではない(昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日宣告大法廷判決参照)。それ故前記措置法の規定が憲法第三六条の規定にも反するとの論も亦た当らないから、本論旨もその理由がない。

同第三点について。

所論の要旨は「憲法第二五条は、国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障している。だが政府は、国民の生存に必要な食糧を配給していない。国民は、政府を頼って配給を当てにしていたのでは餓死する外ないので、国民は自らの手によってこれを確保しなければならぬ。然るに食糧管理法はこれを禁止している。さりとてこの禁止を破らなければ国民は一人残らず餓死を免れない。されば、同法はその内容において合理性を欠いて居り、社会の現実に合わない国民のひとしく守り得ない法律であって、結局人間の生存を否定する法律である。それ故国民の生存権を保障している新憲法第一一条、第九七条の条規に反しその効力を有しないからこれが無効宣言を要求する次第である」というのである。

しかし食糧管理法は、国民食糧の確保及び国民経済の安定を図るため食糧を管理し、その需給及び價格の調整並びに配給の統制を行うため制定せられた法律であることは同法第一条によって明白であるから、その制定の目的は、公共の福祉すなわち国民全般の食生活その他一切の経済生活を安定確保するにある。そしてその目的を達成する第一次的手段として、先ず政府の管理すべき国民食糧の範囲を勅令(政令)を以て定めるいわゆる主要食糧に限定し、その限定された主要食糧を管理する基本方針として政府において主要食糧の生産者からその保有食糧を差引きたる余剩食糧を供出せしめ、これを一般消費者に対しでき得る限り多く配給せんとすることを規定し、ただ同法第九条、第一〇条において右基本方針を実施するための第二次手段として政府において特に必要ありと認めるときは勅令(政令)の定めるところにより主要食糧の配給、加工、製造、譲渡又は移動若しくは價格その他同法で特定限定した事項に関し必要な命令を爲し個人の行動の自由を一般的に制限又は禁止することを得るものとし、同三一条においてこれが統制命令に違反した者を処罰することを得るものとしてその基本統制を強化しているに過ぎないものである。すなわち同法はその主要な目的手段として国民全体の食生活を安定確保するため食糧生産者から余剩食糧を供出せしめ一般消費者にでき得る限り多く分配せんとするものであるから、国民中食糧生産者は、この法律によって直接その生命又は生活を害せられることなく、また一般消費者はこの法律によって寧ろその生命又は生活を保障せられるのであるから、所論のごとく憲法の保障する国民の生存権を否定するものではなく、寧ろこれを保護するものである。また、同法並びにその附属法令は、第二次的手段として主要食糧の讓渡又は移動等を一般的に禁止又は制限し若しくは配給量につき一定の限度を設け得るものとしたが同時にその讓渡、移動等については許可を認め配給については増配給食等の特別配給の方法をも認めているからこの点からしても、所論のごとく同法をもって合理性を欠き又は社会の現実に合わない国民のひとしく守り得ない結局国民の生存権を否定する法令であると言うことはできない(昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二十九日宣告大法廷判決参照)。されば本論旨もその理由がない。

よって、旧刑訴第四四六条に從い主文のとおり判決する。

この判決は、論旨第一点に対する裁判官齋藤悠輔の補足意見、裁判官塚崎直義、同沢田竹治郎、同井上登、同栗山茂、同小谷勝重の各反対意見(同点引用の判決に掲げた意見と同一)。また同第三点に対する裁判官井上登の補足意見、同栗山茂の反対意見(同点末尾に引用した判決に掲げた意見と同一)を除く外、裁判官全員の一致した意見によるものである。

裁判官庄野理一は退官につき合議に関与しない。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例